管理人って?

なんで、パスタなのか?

「なんでそんなにパスタが好きなん?」
と、よく聞かれる。
よく聞かれるわりには、私はまったくもって明確は答えを見出せないでいる。
ちょっとお洒落だからか、バリエーションの豊富さが楽しいだからか、もちろん何よりも美味しいからか。でも、どう考えても後から取って付けたような理由だ。なぜ好きかというよりも、どういうところが好きなのかという答えでしかない。
「なぜ山を登るのか?」という問いかけに「そこに山があるから」と、ある登山家は答えた。じゃあ、答えが見つかるまでこう答えておくことにしようじゃないか。
「そこにパスタがあるから」
理由はともあれ、私がそもそもパスタと出会い、ここに至るまでの経緯なら少しは書くことができる。どうやって、私がココまで至ったのか。

魅惑のミートソース

パスタにハマったといえば思い出すのが、大学1回生の頃。学食にあったミートソース・スパゲッティが私の心を捕らえた。お世辞でもアルデンテなんて言えたものじゃない、オーバーボイルでモチモチしたスパゲッティにバターをなじませて皿に盛り付ける。それから肉なんて入ってるのかどうか分からないミートソースをドバッ!とかけるのだ。学食のオバちゃんにチーズをいっぱいふりかけてもらい、フォークでズルズルと食うわけである。もちろん大盛り。
私はそれが好きで、講義には出なくとも学食には出没し、ミートソースのスパゲッティを食っていたのである。よくよく考えると、この頃に私の中でパスタ魂が目覚めかけたのかも知れないが、パスタというより学食のミートソース・スパゲッティそのものにハマっていたのである。大学2回生になるとそのミートソースの魅惑はすっかり消えてしまっていたのだが、このミートソースが今後パスタ馬鹿になる伏線だったのかも知れない。

毎日がパスタランチ

大学時代のミートソースど根性は置いておいて、そもそもの始まりはY先輩の陰謀から始まる。社会人になって3年目、世間がY2K問題だのノストラダムスだのと言っていた1999年4月、私はあるWeb系システムの開発に参画することになる。そこで、ある先輩(Y先輩)と一緒に仕事をすることとなった。そのY先輩というのが大の麺好きで、なかでもやはりパスタ好きだったのである。
(Y先輩が私のことを「こちゃ○」と呼ぶので、私のハンドルネームは「こちゃ」になった)
ランチになると決まってパスタを食いに連れて行かれ、そして、私は徐々にパスタに侵されていくことになる。
フツーならそれで嫌になってしまいそうなものだが、あるパスタ屋に出会ったことで私がそれまで抱いていたパスタへの固定概念は大きく変革していった。アルデンテに茹で上げられた細めのスパゲッティは、まさに衝撃的と言って良かった。その後、私のランチは毎日毎日パスタ屋を巡り歩くことになったのであった。
(そのパスタ屋は・・・・もうない(涙))

パスタ鍋とレトルトパスタ

昔使ってたパスタ鍋 1999年7月、我が家のパソコンもついにインターネットに接続され外の世界を知ることとなる。そして同じ年の8月にホームページを公開したのだが、当初は「こちゃべや」というサイト名で、ちなみに今のようなパスタサイトではなかった。同じ頃、毎日のようにランチにパスタを食べていた私は晩飯でもパスタを食べたくなりパスタ鍋を購入することになる。
右の写真はその時に買ったコランダー付きのパスタパンである。
(その後、アルミ製の大鍋を使っていたが、結婚後にオール電化になってしまってIHでも使えるお鍋になりました)
当時、一人暮らしだった私の夕食というと、ほとんどがコンビニ弁当。そんな私が家でもパスタを食べたいと思ったのは、何よりも弁当より安上がりだということ。米を買っていた時期もあったが、重い米より軽いパスタの方が買い物も運ぶのも楽だということ。そして、何より好きなパスタが毎日食えるという、私の脳みそが弾き出した結論だった。といっても、パスタは茹でるだけで、ソースはお湯で温めるだけのレトルトソースを使っていたのである。パスタ好きといっても、今のようなパスタを作る楽しみよりもパスタを食べたいという欲求を満たす毎日の生活である。
スーパーに行くと、レトルトソースを買占めて、毎日毎日パスタを茹でるわけである。ただ、この経験が「ソースがウマけりゃパスタは旨い」という私の甘い考えを一変させたのは間違いない。いくらお気に入りのレトルトソースを発見しても、つい目を離してパスタを茹ですぎたり、先にパスタを茹でて麺を硬くしてしまったり、いかにパスタの茹で具合が重要なのかということを痛感した。

インターネットパスタ界の巨匠

ホームページを開設したばかりのころ、私の大学時代の恩師が見てくれて、パスタ好きの私にあるサイトを教えてくれた。それが、インターネットパスタ界の登竜門とでも言うべきサイト、「男は黙ってパスタを食う」だった。
この出会いが私のパスタ生活を大きく変えることになる。同サイトには、パスタに関する様々な情報と数々のレシピの山。私も自分で作れるのかな、いやいや、作ってみたいと思わせてくれた。それから本屋に行っては数多くあるパスタのレシピを読みあさり、パスタを作ってみることになったのである。

食べるパスタから作るパスタへ

当時の私はクリームソースのパスタがお気に入りだった。お気に入りのあのお店のクリームソースを思い出しながら、無謀にもフライパンを握ってみる。全くの初チャレンジがクリームソースとは、我ながら無茶をしたもんだ。言うまでもなく玉砕である。
それからトマトソース、オイル系など私の挑戦はほぼ毎日のように続いていく。とことん失敗もしたが、何より作ったパスタは私の毎日の糧である。食わなきゃならん。
好きこそ物の上手なれ、とはまさにこのこと。失敗しても楽しくって仕方がない。テレビでパスタ料理が紹介されていれば釘付けになり、本屋へ立ち寄れば女性陣に混じってパスタ料理の本を読んでいた。そうするうちにちょっとずつではあるが、美味しいじゃないかと思うようになってきた。こうやって食べることの喜びから、作ることと考えることの楽しさを覚えてしまった私はすっかりとパスタの深みにどっぷりと浸かってしまっていたのである。

トマト&バジル

1999年末、私はデジタルカメラを購入する。せっかく買ったのだからと、作ったパスタをパシャパシャと撮影してはホームページに載せてみることにした。すると、やっぱりというかレシピを書いて欲しいという反響。それから毎日いろんなパスタを作ってはレシピを書いていくのであった。
ホームページを開設してから約1年半、すっかりパスタ三昧になった私のホームページはある転機を迎える。パスタを全面に押し出したTOMATO & BASILへの変貌だった。パスタのレシピはあるにしても、何の変哲もない個人サイトから脱皮したいキモチもあったし、多くの人に見てもらいたいというウェブサイト運営者の欲望がうずめくなかでの決断だった。一度見たら忘れない、もう一度覗いてみたい、そんなサイトを目指したかったからだった。
TOMATO & BASILとしたのはイタリアンカラーでもある赤と緑をパスタに置き換えて思いついた名前。そして、トマトとバジルの相性の良さ、それはこのサイトがここを訪ねてくれた皆さんとも良き関係にありますようにという、私のささやかな願いでもある。