カルボナーラ哲学

カルボナーラ哲学

パスタ料理ほど「時間」を重要視される料理はない。 パスタを「いつ茹で上げるか」、ソースを「いつ作るか」、できあがったら有無を言わさず「すぐに食え」と、常に時間との勝負である。 数あるパスタ料理の中でもカルボナーラのそれは極みの世界であると私は思う。 よくオイルと唐辛子だけで作るペペロンチーノの腕前こそパスタの腕前だとも言われる。 たしかにシンプルなだけに料理人の腕が問われる一品だが、カルボナーラの良し悪しもタイミングの世界で成り立つパスタ料理において、料理人の長年の経験と腕で左右される料理のひとつに他ならない。
「どの店でも自分好みカルボナーラが頂けるか」
と問われると、思わず首を傾げてしまう。 それだけカルボナーラは作り手によって全く異なる味になるからだ。 それだけ嗜好性の高いパスタ料理であるのだから、それも仕方のないことなのだが。
私が始めてカルボナーラを食べた店は本当に美味しかった。 美味しいという概念は個人の主観でしかないので、あくまで私好みの味であったというのが正しいが、この出会いが私をパスタ好きに引き込んだひとつの要因であることは間違いない。

カルボナーラとは何ぞや

カルボナーラ イタリア語で炭のことを carbonaio といい、スパゲッティ・アッラ・カルボナーラ(spaghetti alla carbonara)とは、俗に炭焼き風スパゲッティと言われる。 ベーコンチーズ黒胡椒を使ったスパゲッティで、この名前の由来には数多くの仮説が存在する。 炭焼き職人が手についた炭をヒントにそれを黒胡椒に見たてたのが始まりだとか、山小屋で保存食となっていたベーコンと卵だけで作ったのが始まりだとか、黒胡椒を炭に見たてているのは想像できるがどのように誕生したのかは想像の域を越えない。 そもそもイタリア中部のラツィオ州ローマの郷土料理として知られるが、本場イタリアでは日本でいうベーコンとは違い、パンチェッタpancetta)という非加熱の生ベーコンを使う。 チーズはイタリア最高級のパルミジャーノ・レッジャーノparmigiano reggiano)を使うことが多いようだが、本来ローマで生まれたということもあり古くからあるローマ生まれのペコリーノ・ロマーノpecorino romano)を使ったレシピも多数見うけられる。 これらがカルボナーラの基本スタイルである。
そういえば生クリームを忘れていないか・・・・と思われるに違いない。 たしかにパスタ屋にカルボナーラを食べに行くと生クリームを使われたカルボナーラが登場する。 ちまたのレシピにも生クリームは使われているようである。 ところが本場ローマでは生クリームは一切使わず、卵とチーズだけでとろとろっとした独特のソースを作り上げるのだ。 生クリームを使うのは加熱の具合が穏やかになって、卵が固まりすぎず失敗が少なくなるためだ。 といっても固まるときは、あれよあれよと固まるんだけどねえ。
じゃあ、それぞれの食材をジックリと調査してみる。
(チーズはパスタなコラム「チーズ」を参照)

ベーコン

パンチェッタ もともと豚肉を保存するために考え出されたのがハムやソーセージ類である。 欧州では初冬に豚のすべての部位、内臓から食肉製品を作る歴史が古代からあり、これらの伝統から欧州でいうハムの定義が決められた。 英語のハム(ham)、フランス語のジャンボン(jambon)、ドイツ語のシンケン(chinken)、スペイン語のハモン(jamón)もすべて「もも肉」に由来し、本来ハムは豚もも肉を使用する。 ただし、イタリア語のプロシュット(prosciutto)は乾燥するという意味のプロシュガーレに由来する。 といっても、もも肉以外の部位を使っても「ハム」と呼ぶのは日本だけである。 そんな日本には1872年(明治5年)に長崎の片岡伊右衛門がアメリカ人からハムの製法を学んだという記録があり、後の1874年(明治7年)からイギリス人のウィリアム・カーチスが神奈川でハムの製造、販売を始め、日本に普及することとなった。
一方、ベーコンはペトロニウス著「サテュリコン」の現代語訳にベーコンの名前が登場する。 そのベーコンは古いフランス語のバコン(bacon)に由来し、塩漬した豚枝肉を意味する。 11世紀の後半にノルマン人のイングランド征服により、英国にベーコンの製法技術が伝わる。 主にベーコンは豚ばら肉を使うのだが、ロース肉を使ったロースベーコンや肩肉を使ったショルダーベーコンなどは日本でも製造されている。
ハム、ベーコンの製法において重要な工程が塩漬(えんせき)燻煙である。

塩漬
読んで字のごとく、塩で漬ける工程。 食塩と亜硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸ナトリウムなどの発色剤からできる基本塩漬剤を用い、その基本塩漬剤を原料肉に加えて熟成する。 基本塩漬剤のほかに砂糖や香辛料などを加える製法もあり、塩漬方法には次の3つの手法がある。
乾塩漬法
原料肉の表面に塩漬剤をまぶして内部に浸透させる方法。
湿塩漬法
塩漬剤を溶かした液体に原料肉をつけ込む方法。
ピックル(塩漬剤)注入法
塩漬剤を溶かした液体を原料肉に注入する方法。塩漬の期間が短縮され、質が均一になるというメリットがある。
燻製
桜やヒッコリーなどの木材を燻し、煙の成分で肉に風味をつけるい、いわゆる燻製である。 燻煙には風味付け以外にも、防腐成分がついて保存性が高まったり、脂肪の酸化を抑制するという効果をもたらす。 16~22℃以下を冷燻、30~40℃を温燻、60~90℃を熱燻と呼ぶ。

卵 カルボナーラに欠かせないのが、この卵である。やはり卵とチーズの味がちゃんとするカルボナーラこそ私のもっとも好きなカルボナーラだ。 店によっては本当に卵が入ってるのかと思わせる、生クリームと黒胡椒の味しかしないカルボナーラに出会ってしまい寂しい思いをすることもしばしば。 もちろん、私の好みにそぐわないだけであって、それが美味しいと感じる人も確かにいるので文句は言わない。
またカルボナーラにおいて卵黄のみを使うのか、それとも全卵を使うのかというのも論議が絶えない。 ちなみに先に述べておくと私は全卵を使う。 以前「卵白も入れると卵が固まりやすく、"ダマ"になりやすい」という話を聞いたことがあるが、それはフライパンの温度問題で卵白に原因があるわけではない。 卵黄は65℃、卵白は60℃で凝固が始まる。これだけを見ると確かに卵白の方が低い温度で固まってしまいそうな感じもするが、それぞれの凝固作用は大きくことなる。 卵黄は一定温度に達するとすぐに凝固してしまうのに比べ、卵白は最初はゲル状を保ち80℃にまで達するとその流動性を失うのである。 この卵黄と卵白の凝固作用の違いを応用した食品こそ、卵黄は固まっているのに卵白がゲル状という摩訶不思議な「温泉たまご」である。 また、溶いた卵に加水するとその凝固性は弱まり「茶碗蒸し」や「卵豆腐」が作られる。 つまりカルボナーラを作るとき、生クリームを使って固まりにくくするというのも頷ける。 もっとも牛乳に含まれる塩分によって、卵の凝固が促進されることもある。
卵黄のみを使うもうひとつの理由は濃厚な仕上がりにするということである。 しかし、卵黄のみを使っても一般家庭では余った卵白の使い道に困ってしまう。 というわけで、「卵黄のみ」じゃないといけないというのは気にすることはないのである。

さて、カルボナーラに欠かせないそんな卵について、もう少し解説することにする。
これまで「卵」とだけ記述してきたが、これは言うまでもなく「鶏卵」のことである。 現在、日本の市場において鳥類の卵が食用として流通しているものは「鶏卵」「ウズラ卵」「アヒル卵」がある。 そのうちニワトリの卵がほとんどで、アヒルの卵は中華料理の皮蛋(ピータン)として食べられる。
日本にニワトリが登場したのは古く、「日本書紀」の天の岩屋戸の物語にも「常世の長鳴鳥(ながなきどり)を集めて鳴かしめて~」とある。 この長鳴鳥こそニワトリのことで、その鳴声で太陽の光を呼び邪気を追い払うとされていた。 もっとも日本でニワトリの卵を食用とし始めたのは江戸時代のこと、1695年に出版された「本朝食鑑」にゆで卵や卵焼き、卵酒などが紹介されている。 日本人が一般的に卵を食べるようになったのは卵鶏の育種改良や飼料改良、飼育技術の発達が進み、大量生産が可能となった昭和30年代以降のことである。
では、鶏卵の種類とその特性などを列挙してみる。

鶏卵の種類

白玉
読んで字のごとく白い卵。もっとも消費量が多く、白色レグホンという品種のニワトリから採卵されるものが多い。白色レグホン種のニワトリは飼料摂取量が少なく、高産卵で良質の卵を産むことから世界的にも養鶏の主品種である。
赤玉
羽毛の赤いニワトリが産卵する、卵殻が赤褐色の卵。赤玉鶏のニワトリでは名古屋コーチンが有名だが、最近ではイサブラウン種、ボリスブラウン種などのニワトリが主流である。殻が赤いのは、卵管内で血液と同じ色素(プロトポーフィリン)が殻形成のときに分泌されるためで、卵の栄養価そのものは白玉のそれと違いはない。
薄赤玉
白玉鶏の多産性と赤玉鶏の強健性を目的に品種改良した白色のニワトリから採卵される卵。赤玉よりも殻の色は薄い。
青玉
チリ産の野鶏アローカナ種と白色レグホンの交配種から産まれた卵。殻がほんのりと水色である。栄養成分は白玉と変わらない。
特殊卵
ニワトリに与える飼料に特殊な栄養成分を加え、卵の栄養分の強化を目的としている。代表的なのが飼料に海藻から抽出したヨードを混ぜたヨード卵で、動脈硬化や糖尿病などに有効であるとされる。その他にもビタミンを強化した卵やDHA(ドコサヘキサエン酸)を含ませた卵などがある。

卵の特性

卵はビタミンCを除くすべての栄養素をバランス良く含む完全栄養食品である。 卵といえばコレステロールが気になるのだが、高脂血症の人が気にすることで、健康な人が気にするものではないのだとか。 正常な人では1日に5~6個食べたとしても、血中のコレステロールはほとんど変化ない。またコレステロールを除去するリン脂質であるレシチンを多く含有している。 逆に卵は良質のたんぱく源だと考える方が正しいわけである。
卵の栄養的特性はよく知られてはいるが、もっとも重要なのは以下の三大特性が挙げられる。

凝固性
先にも述べたが卵は熱で流動性を失い凝固する。この卵の凝固性により炒り卵になってしまうというのが、カルボナーラのもっとも多い失敗ではないだろうか。卵黄と卵白の凝固性質は多少異なることはすでに述べている。また、食塩は卵の凝固を促進し、逆に砂糖は凝固を抑制する。また牛乳はそれに含まれる塩分によって凝固が促進されるとか。
乳化性
卵黄の性質で、卵黄中に多く含まれるレシチンというリン脂質の性質だ。卵黄は水分、たんぱく質、脂肪がこのレシチンの働きによって乳化保持されており、この乳化特性を利用した代表的な製品が酢と油を乳化させたマヨネーズである。
起泡性
卵白の性質で、泡立てるとメレンゲになるという性質である。これは卵白に含まれるたんぱく質の性質で、砂糖などを加えると泡は安定する。ケーキなどの洋菓子はこの性質を十分に活用しているのは周知の事実である。

カルボナーラを語るがために卵まで調べて、かなり長くなったがまだまだ続きます(笑)
そういえば、卵を割ると卵黄の表面に血が付着してる。最近まで、"ヤバイ卵"だ・・・・と思っていた。 実は若いニワトリの卵に多く見られるもので、排卵され卵胞膜の毛細血管が切れて出血したもので、食用には何ら問題はないのである(安心)
さて「卵」と「玉子」はどう違うのか、という素朴な疑問すら抱く。 「卵」本来の意味を調べてみると、次のとおり。

  1. 鳥・魚・虫などの雌性の生殖細胞
  2. 鶏卵
  3. 修行中、見習いの人
  4. 本格的になる以前の未発達なもの

このうち「玉子」は鶏卵のみを指し示す言葉と考えるのが妥当だ。「医者の卵」は理解できるが、「医者の玉子」と書かれると「玉子さん」という女医さんなのかと、あらぬ誤解を招く。 ちなみに「ドラえもん」に登場する「野比のび太」の母の名が「野比玉子」であることは意外と知られていない。

黒胡椒

黒胡椒 最初に述べたとおりカルボナーラ(carbonara)の意味は炭焼き風である。 最後にまぶす黒胡椒を炭に見たてているわけだ。 とにもかくにも黒胡椒の存在なしにはカルボナーラは考えられないのである。
そもそも辛味料には成分性質によって揮発性のものと不揮発性のものとに分けられる。 例えば、ワサビや芥子(からし)などは揮発性の辛味成分で、本来は辛み成分に糖分が付いた状態である。 そのためそのままでは辛くなく、摩り下ろしたり、切ったりなど組織が破壊されると植物中のミロシナーゼという酵素の働きにより辛み成分と糖分とが分離されて、あの辛味が生まれるわけだ。 ワサビを加熱すると辛味がなくなるのは、このミロシナーゼの働きが止められるからである。
一方、ここで紹介している黒胡椒や唐辛子などは不揮発性の辛み成分を持つ。 そのため、もともと辛く、しかも加熱してもその辛みは失われることはない。 こういった特徴からワサビや芥子はペースト状に製品化されることが多く、低温で保存するのである。 逆に胡椒などは単純に乾燥させたもの、他の香辛料などと混ぜ合わせたものなどが多いのだ。
そもそもコショウはインドの南部が原産だといわれており、コショウ科つる性の多年生植物である。 つるから出る穂状の果実をスパイスとして使うのだ。 カルボナーラに使う黒胡椒は果実を未熟なときに採取し、数日間堆積させた後に天日で乾燥したものである。 ちなみに完熟した果実を約1週間ほど水にひたし果皮を取り除いたものが白胡椒、未実果を冷凍乾燥か塩漬けしたものが緑胡椒だ。 料理に使うときは、これらを挽いて粉末状したする。 一般に皮そのものに独特の香りの成分を多く含むので黒胡椒の方が辛みや香りも強く、肉料理などに使うことが多い。 一方、白胡椒の方は黒胡椒よりもマイルドなので魚料理や卵などの淡白な料理に適していると言える。
カルボナーラにおいて、この黒胡椒は是非ともペッパーミルなどで挽いたばかりのものを振りかけて頂きたい。 出来上がったスパゲッティにシャカシャカとまぶす黒胡椒の香りこそ、カルボナーラの真髄なのであるから。

失敗しないカルボナーラ

カルボナーラのもっともムズカシイとされるのはフライパンの熱、つまり卵の凝固である。 卵が固まってしまったり、ダマになってしまうという話をもっともよく耳にする。 問題はいつ卵を加えるかだ。
私の場合はこうである、という手順をとてつもなく簡単に書いて見ることにしよう。(ちなみに私はいつも生クリームを使わない)

  1. ベーコンを炒めて、白ワイン少々で香りを付ける。
  2. 茹でたてのスパゲッティを絡める。
  3. フライパンを火からをおろす。
  4. といた卵を注ぐ(左手)と同時に、箸で素早くかき混ぜる(右手)
  5. おろしたてのチーズを振りかけて、フライパンを返しながら混ぜる。

というものである。卵をフライパンに入れるのではなく、逆にパスタを卵の入ったボウルに入れるという方法だ。 プロの料理人の中にもこの方法でコンスタントに美味しいカルボナーラを作り上げる人もいるくらいなのだ。 この方法だと急激に熱くならず卵は確かに固まりにくいのだが、卵に十分なとろみが付かないという場合も考えられる。 その場合はボウルを湯せんにかけてゆっくりと温めると良いのだとか。

どうだろう。たかがカルボナーラ、されどカルボナーラ。 そんな大人気なメニューだからこそ、作り手によって味もこだわりも全く異なるのだ。 しかし、それもあれもカルボナーラに違いはない。 お店で美味しいカルボナーラを食べるのも確かに楽しいが、自分の本当に美味しいと思うカルボナーラを追求してみるのも、パスタを「味わう」方法のひとつなのだろう。
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カルボナーラのレシピ

カルボナーラ
生クリームを使うスタンダードなカルボナーラ。
カルボナーラ・ローマ風
私がいつも作る、生クリームを使わない本場ローマ風。